心と体、内観と表現、ボディーペイント画像など、不真面目(?)に。
薄闇を探る時
言う前に言いたいことがわかったり
言わなくても、目や空気で何かが伝わったりする時、
すごく繋がった感じがしますよね。
この接続感・・ただの粘膜のふれあいよりも
ずっとずっと難しい分
快感も大きかったりするわけで
ダイレクトに今繋がっている喜びが、頭に響いてくるのですよね。

そういう時は何も考えられていない、
どこかから落ちてきたような
普段はいわない自然な言葉を
口にしていることがあるし、
例え、言葉が無い場合であっても、
目や吐息や呼吸や皮膚感覚で伝えあえるものが、
こんなにたくさんあるんだなあと
時間を置いてから振り返って気がついたりする・・

自分が自分でなくなっているような、
その時だけ何か別物になっていて、
欲しいと訴える人を見ながら
暗い箱に手を突っ込んで取り出して、何かを手渡す、
いつも世の中を見る目とは違う目で、欲しいものに
一番似ているものを箱から探す。

それは、ピンク色の柔らかいものだったり、
ぬめったスライムみたいなものだったり
小さな羽根だったり・・

他の人にとっては全く無意味なものものかもしれないし、
堂々と見せられるほどのものではないし、
長くそれを持ち続けたいのかというと、
手放してしまいたいことがあることも知ってる。
でも今、私達が共有しているこの時間にとっては絶対的な宝物・・

だけど、それが欲しいと気がつくまでに、
何が欲しかったのか、
どうやったら得られるのか、目を開いて、
見たくないものも必死で見て、何が欲しいのか探してきた。

だから、探した自分を労って、この刹那だけは
境界線をぼかされた、私やあなたを混ぜあって、
誰がだれか、わからなくなるくらいに
薄闇の中で感覚に手を突っ込んで掻きまわしていこう・・。

秋葉原の事件は残念でした。
ひどい事件でした。
とある場所で必死に生きていて、薄闇で何かを探すうちに
どこへ行って何を探せばよいのかわからなくなって
探すこと自体を憎み始めてしまった。

くっきりと浮き上がった、見たくも無い自分と他人の境界線の淵で
誰とも混ざり合えないと、薄闇に蓋をして
振り返らず一気に捨ててしまいました。

生きていることを知っていて、動いているこの反応がただ嬉しい、
触った感触や体温を感じて、ただ居ることの嬉しさを
誰の一人も彼に、伝えられなかったのだろうかと。
それは、その人の纏っているすがたかたちや、文字にできるような情報ではなくて、
ただ彼が生きていることを、時々手を伸ばして
寒くないか、おなかがすいていないか、確認して
ただ安心したいと思う誰かがだれも居なかったの・・

そうしてくれないと、手を伸ばされながら生きてゆく繋がった安心感や、
繋がりを強制的に絶たれた悲しい感覚がどんどんわからなくなってしまう
自分から手を伸ばして繋がりたいと望む気持ちも忘れて、
そして手を伸ばしてくれる誰かがいる人々を妬み、
憎むようになる・・

寂しいって言わなくても、悔しい気持ちを抱えたままでも
本当は違うものが欲しくても、
ただ呟いたその言葉に、何かを思い出すかもしれないし、
手のひらの温かさに、
また薄闇の中を探ろうとする気力が、湧くこともあるかもしれない・・

「長い期間を経て、少しずつ慣れていってしまった
境界線の濃い世界から 今更戻れるとは思わない」

無理に戻ってこなくても良い
外から引き戻すほどの力なんて、きっとほんの僅か。
そこにいて、こちらから手を伸ばせると思える位置に、
あなたに届きそうなその距離に、いて欲しかったな
そうすれば、誰かが振るサーチライトを目にすることが
あるかもしれない・・

蓋をした底で、世界を恨みながら
道連れを探したその気持ちを、
他人事とは思えなかった薄闇の住人の呟き。

night1sawing.jpg


2008-06-14 Sat 20:15
別窓 | 心と身体 | コメント:4
| 菊音と泥棒、その妻と愛人 |